logo

【連載 第2回中編】氷の下で眠るマリモの危機と復活 ―世界に散らばるマリモ、湖底に眠るマリモの記憶③ 前半

前回の更新から、ずいぶん間が空いてしまいました。気づけば季節はすっかり秋、……と言いたいところですが、10月も下旬だというのに、時折夏に戻ったかのような暑い日がありますね。秋らしい涼しさを感じる日も増えてきましたが、今年は季節の移り変わりが少し慌ただしいように感じます。

さて、久しぶりの更新ですが、毎度のよもやま話から。

少し前に、流行りに乗って、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』を観てきました。ちいかわについて、事前情報はほとんどなし。キャラクターの名前も性格も、どんな世界のお話なのかも知らないまま、ほぼ初見で映画館へ。それでも物語は分かりやすく、観ているうちに主要なキャラクターやその関係性も大体理解できました。

それにしても、ちいかわって、かわいらしい絵柄から想像していたものとは、ずいぶん違う作品なんですね。キャラクターたちの仕草や表情はかわいい。思わず笑ってしまう場面もある。でも、物語が進むにつれて、何気ない行動が思いがけない結果につながったり、誰かにとっての幸せが別の誰かにとってはそうではなかったりと、感情の置き場に苦労させられます。

特に印象に残ったのは、登場人物たちが必ずしも自分の行動の意味や、その先にある出来事を十分に理解しているわけではない、というところでした。誰かを困らせようと思っているわけでもないのに、結果として思いがけないことが起こってしまう。そんな展開を見ているうちに、かわいいキャラクターたちの物語なのに、妙に考え込んでしまいました。

小さなお子さんと一緒に観た親御さんは、映画のあとでいろいろ質問されたりするんじゃないかと。そのとき、子供になんと説明してあげられるのだろうか?と。 そんなことまで気になってしまいました。

観終わったあとに残った感覚は、鑑賞前に想像していたものとはずいぶん違いました。私にはこの映画のジャンルはホラーですね。

映画のあとは、ちいかわグッズをあれこれ眺めて、渋谷PARCOの地下にある「ちいかわラーメン 豚」にも行ってみたり(こちらは大盛況で入店を諦めました。行かれる方は予約がおススメ)。

その後、たまたま見つけた「今も昔や」(お店のHP: https://imamomukashiya.jp/)というお店に、飛び込みで入ってみました。創作料理を中心としたダイニングバーとのことですが、これが大当たりでした。料理がどれもおいしい。〆さばは絶品。店内はほぼ満席だったので、予約なしで入れたのは運がよかったのかもしれません。再訪確実。

映画は予想外の展開、お店は予想以上の満足感。

さて、マリモのお話に戻ります。

前回までの中編では、マリモが世界のどこに分布しているのか、そして、なぜ学名が見直されることになったのかをご紹介しました。今回は、舞台を再び北海道の阿寒湖に戻します。

テーマは、「湖底のDNAが語る、阿寒湖マリモの過去」です。

今では世界的にも貴重な存在となっている阿寒湖の大型球状マリモですが、昔から今と同じような状態だったのでしょうか。それとも、かつてはもっとたくさんのマリモが生育していたのでしょうか。

実は、湖底に積もった泥の中に残されたDNAを調べることで、200年以上にわたるマリモの歴史を読み解こうとした研究があります。今回は、その研究をご紹介します。

DNAの分析方法や湖底堆積物の年代測定など、少し専門的な話も出てきます。でも、なぜそのような分析が必要なのかを順番にたどっていくと、研究者たちがどのようにして過去のマリモの姿に迫ったのかが見えてきます。今回の本編は、いつもより少し長めです。途中で休憩を挟みつつ、ご自身のペースでゆっくり読み進めていただければと思います。「論文を読む」疑似体験を。

それでは、湖底に眠るマリモの記憶を、一緒にたどってみましょう。

図1. 渋谷で映画とディナー(生成AIで作成したイメージ画像)

🟢湖底のDNAが語る、阿寒湖マリモの過去

マリモは北半球の広い範囲に点在する藻類ですが、直径15センチメートルを超えるような大型の球状マリモが群生する湖は、現在では阿寒湖に限られると考えられています。では、その阿寒湖のマリモは、昔から今と同じくらいの量で生育していたのでしょうか。

この問いに答えるのは、簡単ではありません。たとえば貝殻や珪藻の殻、植物の花粉などは、湖底の泥に長く残ることがあります。そうした小さな遺骸や化石を調べれば、昔の湖にどのような生物がいたかを推定できます。

しかし、マリモは柔らかい糸状の藻類が集まったものです。骨や丈夫な殻のような構造を持たないため、昔の球状マリモが、その姿のまま湖底に残るとは期待できません。過去のマリモの量を知ろうとしても、「昔のマリモの化石を掘り出して数える」という方法は使えないのです。

そこで今回登場するのが、湖底の泥に残された「環境DNA」です。

🟢今回紹介するのは、どんな研究?

紹介するのは、2025年に学術誌 Environmental DNA に掲載された、阿寒湖のマリモの歴史をさかのぼる研究です。ちなみにこの論文では、前回紹介した新しい学名 Aegagropila brownii が使われています。正式な論文情報を先に記しておきます。

Urabe, J., Wakana, I., Ohtsuki, H., Sakata, M. K., Otake, Y., Ichige, R., Kuwae, M. & Minamoto, T. (2025).
“Reconstruction of Marimo Population Dynamics Over 200 Years Using Molecular Markers and Fossil Plankton Remains.”
Environmental DNA, 7(2), e70085. https://doi.org/10.1002/edn3.70085

日本語にすると、「分子マーカーとプランクトンの化石を使って、200年以上にわたるマリモの個体群の変化を復元する」といった題名です。東北大学・占部城太郎先生らの研究チームが、阿寒湖の湖底堆積物を調べました。オープンアクセスなので、皆様のほうで論文をダウンロードしていただければ図も見れます。プレスリリース情報はこちらです(https://www.kobe-u.ac.jp/ja/news/article/20250408-66568/)。

結論を少しだけ先にお伝えしますと、研究チームは、過去のDNAの分解を考慮してデータを補正すると、20世紀初頭より前の阿寒湖には、現在よりはるかに多くのマリモが生育していたと推定しました。その規模は、現在の10〜100倍という推定です。ずいぶん大きな数字ですよ。しかし、研究者が昔のマリモを実際に数えたわけではありません。この数字がどうやって導き出されたのか、どこまで確かなことが言えるのか。そこを一緒に見ていきたいと思います。

 🟢環境DNAとは何か?

環境DNAとは、生物が水や土などの環境中に残したDNAのことです。生き物は、体の表面からはがれた細胞や粘液、排泄物、枯れた組織などを通じて、周囲に少しずつDNAを放出しています。魚も、プランクトンも、マリモのような藻類も例外ではありません。

そこで湖の水を採り、その中にどんな生物のDNAが含まれているかを調べれば、目の前で生物を捕まえなくても、その存在を探ることができます。近年、この方法は生物の分布調査や保全研究に広く使われるようになりました。

今回は、湖水ではなく、湖底の堆積物に保存されたDNAを調べます。英語では sedimentary DNA、略して「sedDNA」*1と呼ばれるものです。水中のDNAは比較的短い時間で分解されますが、泥の中に取り込まれたDNAの一部は、より長く保存されることがあります。

つまり、湖底の泥には、その時代の湖にいた生物の痕跡が、DNAの断片として残っているかもしれないのです。

*1 環境DNAと堆積物DNA:環境DNAは、水・土壌・堆積物などの環境試料から検出されるDNAの総称です。今回の研究で対象とした堆積物DNA(sedDNA)は、そのうち湖底の泥に保存されたDNAを指します。DNAが見つかっても、その生物が採泥地点に生きていたと直ちに証明されるわけではありません。水流などによって、別の場所から運ばれてきたDNAが含まれる可能性もあるからです。

🟢湖底の泥は「時間のアルバム」である

湖底の泥は、ただの泥ではありません。細かな土砂や有機物、生き物の遺骸、時には火山灰などが、長い時間をかけて積み重なっています。一般に、上の層ほど新しく、下の層ほど古い堆積物です。いわば、湖の歴史がページごとに積み重なった「時間のアルバム」のようなものです。

研究チームは2021年7月、湖の中央付近、水深約30メートルの深い地点で、湖底の泥を採取しました。潜水士がアクリル製の筒を静かに湖底へ差し込み、泥を柱状のまま取り出します。こうして採った試料を「堆積物コア」と呼びます。

調査では複数のコアが採られましたが、今回の分析に使われたのは「21ak1」と呼ばれる1本で、湖底表面から深さ約90センチメートルまでの堆積物が入っていました。研究チームはそのコアを1 cm刻みに切り分け、各層の年代、リンの量、藻類の色素、DNA、ミジンコの遺骸などを調べました。

ここで気をつけたいのは、マリモが群生する湖岸近くの浅い場所ではなく、湖の深いところで採泥している点です。湖内の広い範囲から運ばれて堆積した物質を調べられる一方、採泥地点で直接マリモが生えていたかどうかを示す調査ではありません。今回の研究は、深い地点の泥に集まった痕跡を使って、阿寒湖のマリモの歴史的な変化を読み解こうとしたものです。

🟢「いつの泥か」をどうやって調べるの?

泥の深さが分かっても、それだけでは「何年前の泥か」は分かりません。毎年同じ厚さだけ積もるとは限らないからです。そこで研究チームは、放射性同位体と火山灰*2を組み合わせて、泥に年代を割り当てました。

比較的新しい層には放射性鉛(210Pb)を使い、1963年ごろの大気中の核実験に由来する放射性セシウム(137Cs)のピークも手がかりにしました。さらに、古い層に含まれる火山灰の成分を調べ、1856年の北海道駒ヶ岳の噴火と、1739年の樽前山の噴火に由来する層を見つけました。

このように、年代の分かっている目印を複数組み合わせることで、約250年前までの堆積物の年代を推定できたのです。論文の図2には、これらの年代測定の結果と堆積物が積もる速さがまとめられています。

ただし、1 cmの層が何年分にあたるかは一定ではありません。1739年の火山灰が深さ約75〜83 cmに見つかったことからも分かるように、1 cmには平均して数年分の泥が含まれ、その年数は層ごとに異なります。年代には推定誤差があり、とくに古い層ほど細かな年を特定するのは難しくなります(放射性鉛による方法では約80年より古い層の誤差が ± 10年を超えるため、古い層では火山灰が年代の決め手になりました)。そのため、以下で登場する「1910年代」「1950年代」といった時期も、泥の年代推定と歴史資料を突き合わせながら読む必要があります。

*2 年代測定の仕組み:210Pbは、堆積物に取り込まれた放射性鉛が時間とともに減る性質を利用する方法です。137Csは、核実験などで環境中に広がった放射性セシウムが、特定の年代を示す目印になります。火山灰も、噴火年代と成分が分かれば「この層はこの噴火のころ」と判断する手がかりになります。なお、原著論文では北海道駒ヶ岳の噴火年が方法の節で1856年、結果・図説明では1857年と表記されているため(図2Cのパネル内とプレスリリースは1856年)、ここでは火山噴火史で一般に採用される1856年(安政3年)としました。「いつの泥か」をどうやって調べるの?

泥の深さが分かっても、それだけでは「何年前の泥か」は分かりません。毎年同じ厚さだけ積もるとは限らないからです。そこで研究チームは、放射性同位体と火山灰*2を組み合わせて、泥に年代を割り当てました。

比較的新しい層には放射性鉛(210Pb)を使い、1963年ごろの大気中の核実験に由来する放射性セシウム(137Cs)のピークも手がかりにしました。さらに、古い層に含まれる火山灰の成分を調べ、1856年の北海道駒ヶ岳の噴火と、1739年の樽前山の噴火に由来する層を見つけました。

このように、年代の分かっている目印を複数組み合わせることで、約250年前までの堆積物の年代を推定できたのです。論文の図2には、これらの年代測定の結果と堆積物が積もる速さがまとめられています。

ただし、1 cmの層が何年分にあたるかは一定ではありません。1739年の火山灰が深さ約75〜83 cmに見つかったことからも分かるように、1 cmには平均して数年分の泥が含まれ、その年数は層ごとに異なります。年代には推定誤差があり、とくに古い層ほど細かな年を特定するのは難しくなります(放射性鉛による方法では約80年より古い層の誤差が ± 10年を超えるため、古い層では火山灰が年代の決め手になりました)。そのため、以下で登場する「1910年代」「1950年代」といった時期も、泥の年代推定と歴史資料を突き合わせながら読む必要があります。

*2 年代測定の仕組み:210Pbは、堆積物に取り込まれた放射性鉛が時間とともに減る性質を利用する方法です。137Csは、核実験などで環境中に広がった放射性セシウムが、特定の年代を示す目印になります。火山灰も、噴火年代と成分が分かれば「この層はこの噴火のころ」と判断する手がかりになります。なお、原著論文では北海道駒ヶ岳の噴火年が方法の節で1856年、結果・図説明では1857年と表記されているため(図2Cのパネル内とプレスリリースは1856年)、ここでは火山噴火史で一般に採用される1856年(安政3年)としました。

🟢DNAの数は、そのままマリモの数ではない

ここで、今回の研究では、そもそも何を測定しているのかを確認しておきましょう。

研究チームが注目したのは、マリモのDNAに含まれる「18S rRNA遺伝子」の一部分です。この遺伝子は、細胞内でタンパク質をつくる装置であるリボソームに関係する遺伝子で、さまざまな生物が持っています。研究チームは、その中でもマリモを識別する目印として使える短いDNA配列を選びました。

そして、湖底の泥から抽出したDNAの中に、その目印となる配列がどれくらい含まれているかを調べました。

ここで使われたのが、「定量PCR(qPCR)」という方法です。

PCRは、目的のDNA領域を繰り返しコピーして増やす技術です。定量PCRでは、DNAが増える様子を蛍光によって測定します。最初から目的のDNAがたくさん含まれていれば、少ない場合よりも早く蛍光が強くなります。

この違いを利用し、もともとの試料に目的のDNA配列が何個含まれていたかを推定します。この数を「コピー数」と呼びます。

つまり、今回測定したのは、マリモそのものの数ではなく、マリモの18S rRNA遺伝子の一部分が、DNAの断片として何コピー存在していたかということです。

ただし、ここで注意が必要です。

マリモの細胞には、同じ18S rRNA遺伝子が複数コピー含まれることがあります。また、マリモから周囲に放出されたDNAが、どれくらい湖底の泥に届くのかも、環境によって変わる可能性があります。

そのため、DNAのコピー数が2倍だからといって、マリモの数や重量も正確に2倍だったとは限りません。

そこで研究チームは、測定したDNAのコピー数に、泥が積もる速さの情報を組み合わせ、「1年間に湖底の一定面積へ堆積したDNAのコピー数」を計算しました。これを「DNAフラックス」*3と呼びます。

このDNAフラックスを、過去のマリモの生物量の変化を推定するための指標として利用したのです。

もちろん、DNAフラックスもマリモの重量を直接示す数字ではありません。しかし、過去と現在の値を比較することで、マリモが相対的に多かった時代や、減少した時代を探る手がかりになります。

*3 フラックスとは:ある面積に、一定の時間内にどれくらいの物質が届いたかを表す量です。今回のDNAフラックスは、堆積物中で測定された遺伝子コピー数に堆積速度の情報を組み合わせ、単位面積・単位時間当たりに堆積したDNAコピー数として求めています。「マリモの個体数」や「生物量」を直接測った値とは区別する必要があります。

🟢マリモDNAだけを測ればよい、というわけではない

それなら、古い層と新しい層のDNAフラックスを並べれば、昔のマリモの量が分かるのでしょうか。実は、ここに大きな落とし穴があります。

DNAは時間とともに壊れていきます。比較的新しい泥に含まれるDNAは多く残っていても、100年、200年と時間がたった泥では、その一部が失われているかもしれません。つまり、昔の層でDNAが少なく見つかったとしても、昔のマリモが少なかったとは限らないのです。

極端にいえば、昔の湖には今よりたくさんのマリモがいたのに、そのDNAが長い年月のあいだに分解されたため、「昔はマリモが少なかった」という逆の結論になってしまう可能性もあります。

そこで研究チームは、DNAが長い時間のあいだにどれくらい失われたかを、湖底の泥から見積もる方法を考えました。その鍵となったのが、意外にもミジンコだったのです。

🟢なぜミジンコが登場するのか?

突然ミジンコが出てきました。「マリモの話なのに、なぜミジンコ?」と思われるかもしれません。理由は、ミジンコには湖底の泥に長く残りやすい硬い部分があるからです。

具体的には、ミジンコの体にある「後腹部爪(こうふくぶそう; post-abdominal claw; プレスリリースでは「尾爪(びそう)と表記」)」という小さな構造です。ミジンコの体全体は残りにくくても、この爪は微化石として何百年も保存されることがあります。

同じ泥から、ミジンコについては2種類の記録を取り出せます。ひとつは、時間とともに分解するDNA。もうひとつは、比較的壊れにくい後腹部爪です。

たとえば、古い層でも後腹部爪がたくさん残っているのに、ミジンコのDNAだけが少なかったとしましょう。もし、泥に入った時点での「DNAと爪の比」が時代によって大きく変わらないなら*4、この違いは、泥の中でDNAが分解されたことを示す手がかりになります。

実際の解析では、阿寒湖に生息するミジンコ類(カブトミジンコ(Daphnia galeata)とハリナガミジンコ(D. dentifera)の2種)の12S rRNA遺伝子の断片と、後腹部爪の数を同じ泥の層ごとに調べました。論文の図4Aでは、1950年代以降の比較的新しい層では両者の増減が似ている一方、それ以前の古い層では爪に比べてDNAが相対的に少なくなる様子が示されています。図4Bには、その小さな爪の写真も掲載されています。

この違いを利用すれば、昔のDNAが現在までにどれくらい残っているかを推定できるかもしれません。

*4 後腹部爪を使うための前提:ミジンコの爪がDNAより分解されにくいことに加え、堆積した当初の「DNA量と爪の数の比」が大きく変化していない、という仮定が必要です。ミジンコの種類や体の大きさ、DNAの放出・保存条件が時代によって変わっていれば、この比にも影響する可能性があります。研究では2種類のミジンコの爪を区別せずに数えています。

🟢補正の仕組み――「DNA/爪」の比を比べる

もう少しだけ、計算の考え方を見てみましょう。難しそうに見えますが、発想は単純です。

まず、ある年代のミジンコについて、「DNAの量を、後腹部爪の数で割った比」を求めます。次に、その比を現在(最も新しい層)の比と比較します。古い層でこの比が小さくなっていれば、ミジンコのDNAが相対的に失われた、と考えるわけです。

研究チームはこの比をもとに、DNAがどの程度残ったかを表す「分解補正係数(f)」*5を求めました。たとえば補正係数が0.1なら、単純化するとDNAはもとの10分の1相当しか残っていないとみなし、測定したDNA量を10倍して考えます。実際の論文では、年代ごとに求めた比から統計モデルを作り、補正係数とその不確実性を推定しています。

ここが、今回の研究の独創的なところです。研究チームは、古いDNAをただ一律に増やしたのではありません。同じ泥に含まれるミジンコのDNAと遺骸を照らし合わせ、時間の経過に伴うDNAの減り方を推定しました。

さらに、DNAの減り方が全期間を通して一定とは限らないことも検討しています。分析では、約121年前(2021年の採泥時から数えると1900年ごろ)を境に変化の傾向が異なるモデル*6がよく当てはまりました。ただし、この境目には ± 41年ほどの幅があり、古い部分のデータ点も限られています。そのため、古い年代まで同じ傾きでDNAが減り続けると決めつけず、古い期間には、その範囲で推定された平均的な補正係数を使っています。

論文の図4Cが示すのは、まさにこの「泥の古さ」と「DNAの残りやすさ」の関係です。補正係数を求める方法そのものに幅があるため、研究チームは別の統計モデルでも結果を比べています。

*5 補正係数fの考え方:論文では、ある年代の「ミジンコDNAフラックス/後腹部爪フラックス」を現在の同じ比で割り、fを求めます。マリモDNAの補正値は「測定されたDNAフラックス÷f」で算出します。fが小さいほど、大きな補正が必要になります。この方法は、泥に残ったDNAの割合を実験で直接測ったものではなく、ミジンコのDNAと遺骸から統計的に推定したものです。*6 年代によって補正方法を変える理由:論文では複数のモデルを比較し、傾きが変わる点(折れ目)を約121年前と推定した折れ線回帰モデルがよく適合しました。121 ± 41年という幅は、この折れ目の推定に伴う95%信頼区間の範囲です。古い側ではDNAの残存比と時間の関係が明瞭でなかったため、その期間は平均的な係数とその95%信頼区間を用いています。統計モデルによって補正結果に幅が生じ得ることは、結果を読む際の重要な注意点です。なお、図4Cを見ると、121年より古い側のミジンコのデータ点は3点ほどで、ミジンコのデータ自体も1850年代ごろまでです。それより古い時代(18世紀〜19世紀前半)のマリモDNAの補正には、この平均的な係数がそのまま当てはめられています。

図2.湖底に残されたDNAから、過去のマリモの生物量を推定する方法
阿寒湖の湖底から採取した堆積物を深さ1 cmごとに分けて年代を推定し、各層に含まれるマリモ由来のDNAを定量しました。これに堆積速度を掛けて、単位面積・1年あたりに湖底にたまったDNA量(DNAフラックス)に換算しています。ただし、古い堆積物ほどDNAの分解が進んでいる可能性があるため、ミジンコのDNAと遺骸(後腹部爪)を比較して分解の程度を推定し、DNAフラックスを補正しました。こうして、過去約200年間のマリモの相対的な生物量の変化を推定しています。
(※Urabe et al. (2025) の研究手法をもとに、生成AIで作成した概略図です。人物や生き物の姿、調査の様子、グラフの曲線の形などは模式的に描いたもので、実際の調査やデータとは異なります。正確な内容は、本文の解説および原著論文(Urabe et al. 2025の図2〜4)をご確認ください。)

あとがき

イベントのお知らせです!

10月24日(土)、国立天文台三鷹キャンパスで「三鷹・星と宇宙の日2026」が開催されます!

もう今週末です。年に一度の特別公開イベントで、普段はなかなか見ることのできない研究施設の公開や、さまざまな展示、体験企画、研究者による講演会などが予定されています。

今年のメイン講演会のテーマは「太陽研究は時を越えて」。太陽の活動と地球の気候との関係や、太陽観測衛星「ひので」による研究など、興味深いお話が聞けそうです。

自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター(ABC)も主催団体のひとつとして参加し、生命や宇宙に関するさまざまな研究を紹介する展示・体験コーナーを準備しています。

光合成に関係する展示もあるかも? そして、マリモも登場するかも……?このブログを読んでマリモに興味を持ってくださった方にも、ぜひ遊びに来ていただけたらうれしいです。研究施設を見学して、展示や実験を楽しんで、科学にたっぷり触れる一日になりそうです。

お昼には天文台の食堂やキッチンカーなども利用できるそうです。そちらもぜひ!

「三鷹・星と宇宙の日2026」開催概要

  • 日時:2026年10月24日(土)10:00〜17:00(入場は16:00まで)
  • 会場:国立天文台三鷹キャンパス(東京都三鷹市大沢2-21-1)ほか
  • 入場料:無料(事前申込制の一部企画は受付終了)
  • メイン講演会テーマ:「太陽研究は時を越えて」

詳しいプログラムやアクセス方法については、公式サイトをご確認ください。
公式サイト:https://www.nao.ac.jp/news/events/2026/20260709-openday.html
公式X:https://x.com/naoj_mtk

秋の一日、三鷹で宇宙と生命の研究に触れてみませんか?

後半もまもなくアップされます。