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植物の乾燥耐性を向上させる化合物の開発

発表のポイント

  • 植物に乾燥耐性を与える化合物を同定しました。
  • 気孔のK+チャネルを阻害する分子標的化合物を同定しました。
  • 気孔応答メカニズムを知るための分子ツールとして利用できます。

概要

 植物の葉にある気孔は、ガス交換や蒸散を担う一方、乾燥時には閉鎖して水分の損失を防ぐ性質を持ちます。気候変動対策として、農作物に乾燥耐性を付与する植物調節剤(バイオスティミュラント)の開発が求められています。
 アストロバイオロジーセンターの河野優特任研究員らの国際共同研究グループ(東北大学が主導)は、気孔の開口を促すカリウムイオン(K+)チャネルの阻害剤NS5806を同定し、さらにその類縁化合物UA49の合成にも成功しました。NS5806/UA49を植物に噴霧すると気孔の開口抑制(閉鎖誘導)が起こり、乾燥耐性が付与されることが実証されました。さらに本化合物を用いた解析から、K+チャネルが環境応答に重要なCaシグナル(注1)の生成に関与している可能性が示唆されました。本成果は、持続可能な農産物生産に貢献することが期待されます。
 本研究成果は、2026年7月27日(英国標準時)に科学誌Nature Communicationsに掲載されました。 

詳細な説明

研究の背景

 近年、世界的な気候変動に伴う水不足は、農作物の不作を引き起こす深刻な問題となっており、農業分野では作物に乾燥耐性を付与する技術の開発が求められています。植物は乾燥ストレスを感知すると、体内で植物ホルモンの一種であるアブシシン酸(ABA)を合成します。このABAの働きによって、葉の表面にある気孔が閉じ、水分の蒸散(損失)が抑えられることが知られています。そのため、農業利用に向けてABAやその類縁化合物を活用する研究が進められてきました。しかし、ABAは気孔にとどまらず、植物全身で応答反応を起こします。その結果、ABAが持つ別の作用である「種子の休眠」や「生長阻害」も同時に誘導されてしまいます。

今回の取り組み

 気孔は二つの孔辺細胞で構成されています。孔辺細胞が膨張すると気孔が開口し、収縮すると閉鎖します。葉に多数存在する気孔は、CO2とO2のガス交換(肺の役割)や、根における養分吸収、体内循環を担う蒸散流の形成(心臓の役割)を行う重要な組織です。研究モデル植物であるシロイヌナズナの孔辺細胞膜には、細胞内にK+を流入させることにより、気孔開口を誘導するカリウムイオンチャネル(注2)KAT1が存在します。研究グループは、KAT1の機能を抑制する化合物を探索するために、電気生理学的手法(注3)を用いて化合物スクリーニングを行って化合物NS5806を単離しました。さらに官能基を変換したUA49を新たに合成しました。葉の表皮片を用いた細胞レベルの解析では、これら化合物の投与による気孔閉鎖の誘導が確認されました。さらに、植物の葉にスプレー散布した個体レベルの実験においても、乾燥耐性を示しました(図1)。また、ABAの投与で課題となる気孔以外の組織への副作用(発芽の遅延や根の伸長抑制など)が生じないことも確認しており(図2)、この点は農業利用において有効な成果です。今回見いだされた阻害剤(NS5806およびUA49)は、こうした実用性に加えて、細胞内の情報伝達メカニズムを解き明かすための研究ツールとしても非常に有用です。気孔開閉に関与する遺伝子変異株を用いてNS5806/UA49の作用の解析を行ったところ、ABAとは異なる細胞応答が生じました。また、細胞内情報伝達において重要な役割を果たすカルシウムイオン(Ca2+)の濃度変化をCa2+センサータンパク質(注4)によって可視化した結果、NS5806/UA49処理に伴う孔辺細胞内のCa2+濃度上昇が確認されました。さらに、KAT1が発現していない植物ではこの濃度上昇は観測されませんでした(図3)。これらの結果は、細胞内におけるカルシウムシグナルの形成にK+チャネルが関わることを示唆しており、これまでに報告のない「K+チャネルが情報伝達にかかわる」可能性を示しています。

今後の展開

 本研究で単離された化合物NS5806/UA49は植物に乾燥耐性をもたらし、ABAと比べて副作用の少ない点でも有効な特長を持っているため、穀類や野菜などの農作物の生産向上につながるバイオスティミュラントへの応用が期待されます。また今回、植物の環境適応におけるカルシウムシグナルの生成とK+チャネルの活性調節の密接な連携が示唆されました。これらの化合物を活用することで、気孔運動の分子メカニズムの全貌解明に近づくことが期待されます。

NS5806/UA49による植物への乾燥耐性付与
図1. NS5806/UA49による植物への乾燥耐性付与
NS5806またはUA49を植物に噴霧後、水やりを停止し、再給水後の回復状況を評価した。
図2. NS5806/UA49と植物ホルモンのABAの副作用の比較
(左・中)NS5806/UA49は無添加(Mock)と同等の発芽率(Germination rate)と根の伸張を示し影響はないことが示された。一方、ABAはどちらも低下した。(右)NS5806/UA49添加により発現誘導する(UP)遺伝子数はABAと比べて少なく、影響が比較的小さいことが示された。一方、発現量が低下した遺伝子数(DOWN)はNS5806/UA49とABAで大きな差はなかった。
図3. NS5806/UA49による孔辺細胞質のCa2+濃度上昇
縦軸は孔辺細胞の細胞質におけるCa2+濃度の上昇(相対変化)を示す。NS5806/UA49による細胞質へのCa2+流入は、KAT1が正常に機能している孔辺細胞においてのみ観察された。

謝辞

本研究は、JSPS科研費(JP24H00295、JP24H00495、JP24H02253、JP21H05266、JP22K19121、JP24K08709、JP24K17825、JP23KJ0101)、JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2033)、GteX(JPMJGX23B0)、ASPIRE(JPMJAP24A3)、東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業の支援を受けました。

用語説明

【注1】 Caシグナル:細胞が外部からの刺激(環境の変化や薬剤など)を受けた際に、細胞内のカルシウムイオン(Ca2+)濃度を変化させることで、「状況が変わった」という情報を細胞内へ伝える仕組みのこと。

【注2】 イオンチャネル:生体膜のトンネルのようにイオンの透過を担うタンパク質。今回登場するKAT1はカリウムイオンを透過する。

【注3】 電気生理学的手法:生体膜のイオン移動を電流値として測定する手法。

【注4】 Ca2+センサータンパク質:Ca2+と結合すると蛍光を発するように人工的に設計されたタンパク質。対象の細胞内に発現させることで、細胞内のCa2+濃度のリアルタイムな変化(シグナル)を観察(可視化)することができる。

論文情報

タイトル:Synthetic ion channel inhibitors enhance plant drought tolerance
著者:Kanane Sato, Kyota Suzuki, Shunya Saito, Taishin Kakei, Megumi Kato, Masana Yazaki, Yasutaka Kawai, Mieko Arisawa, Nobuhisa Isaka, Toshio Yamaguchi, Matteo Grenzi, Laura Luoni, Masaru Kono, Yuki Hayashi, Toshinori Kinoshita, Farhan Aziz, Khurram Bashir, Motoaki Seki, Asuka Kamimura, Takumi Higaki, Jun Takeuchi, Yasushi Todoroki, Huifei Yin, Francisco Rubio, Jörg Kudla, Shintaro Munemasa, Yoshiyuki Murata, Masaru Tsujii, Yasuhiro Ishimaru, Alex Costa & Nobuyuki Uozumi*
*責任著者:東北大学 大学院工学研究科 バイオ工学専攻 魚住信之教授

掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-026-75894-w
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-026-75894-w

関連リンク

・東北大学 プレスリリース

研究ハイライト