研究活動

南極の陸上環境で近赤外線による酸素発生型光合成を行う緑藻類を発見


本研究の模式図。ナンキョクカワノリのポンチ絵(左)と、その上層・下層に届く光のスペクトル(右)
概要:

南極の陸上は低温や凍結、乾燥、夏期間の強い紫外線などに晒される極限環境にあります。そうした環境でも生育が可能な生物の適応戦略を明らかにすることは、地球のみならず宇宙の様々な環境における生命現象の可能性を理解する上で重要です。

アストロバイオロジーセンターの小杉研究員らの研究チームは、南極で採集されたナンキョクカワノリが一般的な光合成生物が利用している可視光に加え、光環境に応じて近赤外線でも一連の光合成反応を行っていることを初めて明らかにしました。近赤外線のエネルギーは可視光に比べて低いため、光合成効率は大きく下がることが予測されていましたが、酸素発生活性と光化学系の酸化還元反応の測定の結果、藻体に吸収された光子の光合成への利用効率は可視光と変わらないことが明らかになりました。

ナンキョクカワノリの藻体は何層にも重なった状態で生育しているため、可視光は主に上層に吸収され、下層に到達する光は可視光より近赤外線の割合が大きくなります。近赤外線の光合成利用を可能にするシステムは、ナンキョクカワノリ群落全体の光合成効率を上昇させることに役立っていると考えられます。

地球上の極限環境における近赤外線を利用する光合成生物の存在は、近赤外線の割合が非常に多い恒星(赤色矮星)周りの惑星における生物進化を考える上で様々なヒントを与えてくれます。今後、近赤外線利用型光合成の進化とメカニズムの解明が進むことで、こうした惑星に酸素発生型光合成生物が存在する可能性に迫ることができると考えています。

この結果は、生物学系専門誌のBiochimica et Biophysica Acta – Bioenergeticsに出版されました。

発表のポイント:
  • 極域で優占する藻類において近赤外線による酸素発生型光合成が発見された。
  • アップヒル型(注釈1)の励起エネルギー移動による高効率の光合成反応が示唆された。

(注釈1)励起時のエネルギー状態が低い分子から高い分子へと励起エネルギーが移動する現象。図3の右図を参照。

図1:ナンキョクカワノリが生育する南極大陸の露岩地域
研究背景:

現在の地球で藻類や植物が行っている光合成は、光エネルギーを使って水を分解し、得られた還元力で二酸化炭素から有機物を作り出す反応です。水の分解過程で酸素が放出されます。この酸素発生型の光合成は、27億年ほど前に原核生物のシアノバクテリア(ラン藻)によって開始され、酸素がほとんど存在しない嫌気的な地球環境を好気的な環境へと変貌させました。大気中の酸素濃度の上昇は好気呼吸をする生物の繁栄をもたらし、地球の生物進化に大きな影響を与えたと考えられています。

これまで、酸素発生型光合成反応には可視光のエネルギーが必要であると考えられてきました。それより低い光エネルギーでは水を分解して二酸化炭素を固定するための還元力を得ることが難しくなるからです。しかし1990年代以降、近赤外線のみで酸素発生型光合成を行う生物の発見が相次いでいます。一部のシアノバクテリアは近赤外線を吸収する光合成色素(クロロフィルdf)を合成し、電荷分離反応を行う反応中心に利用(直接的な赤外線利用)していることが報告されました。一方で、一部のシアノバクテリアや真核の光合成生物において、近赤外線吸収型のクロロフィルから可視光吸収型のクロロフィルへの効率的なエネルギー移動(間接的な赤外線利用)が示唆されており、それを可能にするアップヒル型(注釈1)のエネルギー伝達メカニズムが注目されています。

ナンキョクカワノリ(Prasiola crispa)は、緯度の高い寒冷な地域に広く分布する陸棲の緑藻で、極域環境(図1)で大きな群落を形成することで知られています。研究チームは、極域に生育する生物の適応戦略を明らかにすることを目的として、ナンキョクカワノリのストレス耐性能力と生育環境を詳しく調べてきました。その過程で、ナンキョクカワノリが一般の緑藻には見られないような近赤外線吸収帯を持つことを確認し、その役割について解析を行いました。

図2:ナンキョクカワノリの群落(左)と一個体(右)
研究内容:

南極で採集したナンキョクカワノリ(図2)は、通常の赤色可視光吸収帯(680 nm)の肩として、710nm付近に吸収のピークを持つ近赤外線の吸収帯を有しています。近赤外線吸収帯のサイズは野外で採集した個体ごとに大きく変動し、近赤外線をほぼ含まない蛍光灯下で長期培養するとなくなることから、光環境に応じて発現が調整されていると考えられます。光合成活性の光波長依存性を測定した結果、近赤外線吸収帯に吸収された光エネルギーは可視光の赤色光と同程度の効率で光合成に利用されていることが明らかになりました。藻類において水の分解反応は可視光に相当する光エネルギーが必要とされることから、アップヒル型(注釈1)の励起エネルギー移動が起きていることが示唆されました。熱揺らぎで補える範囲を大きく超えたアップヒル励起反応(注釈1)が起きている可能性があり、今後の分子メカニズムの解明が期待されます。図3は今回の成果をまとめた模式図です。

図3:今回の成果の模式図。層状になっているナンキョクカワノリ群落(左)と、上層・下層それぞれに届く光のスペクトル(中)。「アップヒル型」の0期エネルギー移動のイメージ(右下)
論文情報:

著者:
Makiko Kosugi, Shin-Ichiro Ozawa, Yuichiro Takahashi, Yasuhiro Kamei, Shigeru Itoh, Sakae Kudoh, Yasuhiro Kashino, Hiroyuki Koike,

タイトル:
Red-shifted chlorophyll a bands allow uphill energy transfer to photosystem II reaction centers in an aerial green alga, Prasiola crispa, harvested in Antarctica,

論文誌:
Biochimica et Biophysica Acta – Bioenergetics, 2020年 Vol. 1861 (2), 148139,
DOI:10.1016/j.bbabio.2019.148139