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地上望遠鏡と宇宙望遠鏡の共演で発見された、赤色矮星を周回する褐色矮星

図1:直接撮像で発見された伴星型の褐色矮星J1446B (矢印先の点)の赤外線画像。中心の赤色矮星(J1446)は画像解析で白色にマスクされています。10 au (おおよそ土星と太陽の距離)に相当する角距離を画像下に表示しています。褐色矮星は、中心星である赤色矮星から4.3auしか離れていませんが、マスクのすぐ近くで明瞭に検出されました。(image credit: 鵜山太智 (アストロバイオロジーセンター/CSUN) / W. M. Keck Observatory)

発表のポイント

  • 地上望遠鏡による直接撮像観測および視線速度観測と宇宙望遠鏡による固有運動情報を組み合わせ、近傍(地球から約55光年)の赤色矮星を周回する伴星を新たに検出し、その質量(木星の約60倍)と軌道長半径(約4.3天文単位)を精密に決定しました。
  • 本成果は、すばる望遠鏡における赤外線分光装置 IRD を用いた戦略枠プログラム(IRD-SSP)によるドップラー法観測、ケック望遠鏡の高コントラスト撮像観測、ガイア宇宙望遠鏡の位置天文データを組み合わせる事によって実現しました。
  • 新たに検出された伴星は晩期T型の褐色矮星と推測され、近赤外線で約30%の光度変動を示すことを確認しました。大気における雲や循環の研究対象となる「ベンチマーク天体」として、将来有望な観測対象です。
  • ヒッパルコス衛星とガイア衛星の位置天文データを利用した星の加速度情報と系外惑星の直接撮像を組み合わせて新規天体を検出、さらに質量を精密に制限する手法はこれまでに確立されていました。本研究はヒッパルコス衛星ではほとんど検出できなかった暗い近傍赤色矮星系に対し、ガイア衛星のみの加速度情報を適用させて検出された初めての成果になります。

研究内容

私たちの銀河で最も多い恒星は、太陽より小さく冷たい「M型星(赤色矮星)」です。銀河系の恒星の過半数を占めるとされるこれらの星は、星・惑星形成進化の研究において重要なターゲットです。しかし、近傍の天体ですらM型星は非常に暗いためこれまで詳細な観測はあまり行われておらず、M型星は7割以上が単独で存在すると考えられてきました。しかし、近年は観測装置の技術的発展もあり、褐色矮星*1や低質量星を伴うケースが過小評価されていた可能性も指摘されています。その様に、M型星まわりの伴星や惑星の統計は未解決の問題です。特に、褐色矮星は惑星と恒星の中間に位置する質量を持ち、こうした伴星の存在頻度や質量分布を明らかにすることは、惑星形成と恒星形成の違いや共通点を理解する上で不可欠ですが、統計的にM型星周りにどれくらい存在するのかはよく分かっていません。

 アストロバイオロジーセンター、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校、ジョンズホプキンス大学をはじめとする国際研究チームは、地球から約55光年離れたM型星LSPM J1446+4633(以下J1446)を周回する、伴星型の褐色矮星J1446Bを直接撮像で発見しました(図1)。この天体は木星の約60倍の質量を持ち、地球 – 太陽間の約4.3倍という主星に比較的近い軌道を約20年かけて公転しています。さらに、赤外線波長で約30%もの明るさの変動が確認され、雲や嵐などの惑星大気現象が起きている可能性が示唆されました。

 この発見の鍵は、3つの異なる観測手法を組み合わせたことです。①すばる望遠鏡*3の赤外線分光観測モニタリングによる視線速度測定*2、②ケック望遠鏡*3による高解像度赤外線撮像、そして③ガイア衛星*4による精密な位置測定を利用したJ1446の天球面上での加速度測定です。これらの観測量を組み合わせてケプラーの法則を利用した解析を行うことで、J1446系の力学的質量とJ1446Bの軌道を精密に決定しました(図2)。視線速度の観測だけでは質量と軌道傾斜角のパラメータが縮退しているため不確定性が残りますが、直接撮像とガイアのデータを加えることでその問題を解消でき、軌道を精密に求めることができました。特に視線速度観測は、すばる望遠鏡に搭載された赤外線高分散分光装置 IRD を用いた戦略枠プログラム(IRD-SSP)におけるモニタリング観測中に得られたデータが不可欠でした。ケック望遠鏡では地球大気による星像の歪みを高度に補正するピラミッド波面センシング技術を用いた補償光学装置が今回の直接撮像検出に大きく貢献しました。

図2:軌道フィッティングを行った結果のプロット図。左図はケック望遠鏡の直接撮像結果(右上の青い点)とガイア衛星の固有運動加速(赤矢印)から推測された伴星の軌道。横軸は天球上での赤経(秒角の単位)、縦軸は天球上での赤緯(秒角の単位)。右軸の色は伴星の質量。右図はすばる望遠鏡の視線速度観測(赤点)から推測された主星の視線速度の変動。推測された軌道や視線速度の軌跡はシミュレーション上の伴星の質量で色付けされています。縦軸は視線速度(秒速メートルの単位)。下の図はフィッティング後の速度誤差。右軸の色は伴星の質量。image credit: An Qier (UCSB) /Uyama et al. (2025)

 また、ヒッパルコス衛星*4とガイア衛星の位置天文データを利用した星の加速度情報と系外惑星の直接撮像を組み合わせて新規天体を検出、さらに質量を精密に制限する手法はこれまでにも確立されていましたが、本研究では、過去のヒッパルコス衛星ではほとんど検出できなかった暗い赤色矮星に対し、より暗い天体の位置まで精密測定できるガイア衛星のみの加速度情報を伴星軌道フィッティングに適用させて、伴星の軌道や力学的質量を精密に制限する事に成功した初めての褐色矮星伴星です。

 今回の発見は、褐色矮星の形成シナリオを検証するための重要なベンチマークとなります。将来の分光観測により、この褐色矮星の天候マップを描くことができるでしょう。今回の成果は、地上望遠鏡と宇宙望遠鏡の協力が、太陽系の外に潜む未知の世界を解き明かす強力な武器となることを示しています。

 本研究成果は、米国の天文学誌「アストロノミカル・ジャーナル」に2025年10月20日付で掲載されました (“Direct Imaging Explorations for Companions from the Subaru/IRD Strategic Program II; Discovery of a Brown-dwarf Companion around a nearby Mid-M-dwarf LSPM J1446+4633 ” by Uyama et al., DOI: 10.3847/1538-3881/ae08b6)

研究助成:

本研究は、科学研究費助成事業(課題番号:24K07108, 24K07086)の支援を受けて実施されました。すばる望遠鏡に搭載された赤外線高分散分光装置IRDは、科学研究費助成事業(課題番号:18H05442, 15H02063, and 22000005)の支援を受けて開発を行いました。

用語解説:

*1:褐色矮星は典型的には木星のおよそ13から80倍程度の質量を持つ天体を指し、星のような水素の持続的な核融合を起こせません。一般向けには「恒星になり損ねた星(failed star)」と表現されることもありますが、その形成過程は依然として謎に包まれています。また木星のようなガス惑星と同様に時間経過で冷えていくため、惑星形成の研究対象としても重要です。

*2:星の運動によって星のスペクトルがドップラー効果で変動する事を利用した観測手法です。

*3:すばる望遠鏡、ケック望遠鏡はハワイ島にあるマウナケア山の山頂に設置された口径8-10m級の大型望遠鏡です。

*4 :ガイア衛星は天の川銀河の天体の詳細な3次元マップを作成することを目的とし、2013年に打ち上げられた位置天文学衛星です。非常に高精度に位置を決めることができるため、星の固有運動を元に伴星や惑星の存在を調べるアストロメトリ法への適用が期待されます。ヒッパルコス衛星はガイア衛星の前身となるような位置天文学衛星で、1989年に打ち上げられました。

論文情報:

雑誌: Astronomical Journal 
タイトル:Direct Imaging Explorations for Companions from the Subaru/IRD Strategic Program II; Discovery of a Brown-dwarf Companion around a nearby Mid-M-dwarf LSPM J1446+4633
著者:Uyama, T.; Kuzuhara, M.; Beichman, C.; Hirano, T.; Kotani, T.; An, Q.; Brandt, T. D. et al.
DOI:10.3847/1538-3881/ae08b6

関連リンク:

2025年10月21日 国立天文台ハワイ観測所プレスリリース

研究ハイライト